(兄)電車

ひゅぅひゅうと
風が無数の穴を通り過ぎる音が聴こえる
やわらかな春のひかりが注ぐ
ひるの東横線
斜向かいに座る親子
カスピアン王子の角笛」を読む子ども
きっとわかるまい
斜向かいに座り
iPodに首を揺らしている
このヒゲのお兄さんが
昔はその本に夢中だったこと
アスランの登場に胸を高鳴らせ
時に笑い
時に涙したことを
人は
外からだけじゃわからない
その人がいま
何を抱えているか
いま
何を想っているか
春の穏やかな日差しの中
ゆったりと座るぼくたちの胸に
一様に暗く深い穴が
静かに空いていること
見た目ではわかるまい
笑顔の奥に
未だ当分癒えることのないであろう
深い悲しみを携えて
各駅のみとなった
東横線はユラユラと
のどかに進む
穴のあいた人たちをのせて
ひゅぅひゅうと
無数の笛がなる